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2004年10月

10月31日

今日は長男の誕生日。秋は何かとあわただしい。我が家は5人家族。そのうち4人が秋生まれです。私の9月30日を皮切りに。次男だけが春。彼はひがんでます^^;4月馬鹿だし・・・。でもしょうがないですよね。

さて、私のブログもようやく一ヶ月経ちました。いつまで続くかという家族の冷たい視線に耐え、またやってるという次男の横目にも耐え、娘のもって3日、一週間、そして一ヶ月っていう冷ややかなお言葉にも耐えしのびつつ、楽しんでます。ここにお立ち寄り下さる皆様には本当に感謝いたしますm(__)m私のもう、なんの脈絡もない書き散らしを読んでくださって本当にありがたいことです。当初のあわただしく過ぎる毎日をちょっと、立ち止まって書き留めるっていう目的は十分果たしております。ただ、ひと月振り返ると、ホントに私ってバタバタしてるわぁっていうのが実感。

今後は、ちょっと落ち着いて!って言うのを入れよう。大人の女性めざして頑張るわ。さあ今年も残す所二ヶ月。12月には生徒たちとクリスマス会もやるので、準備を始めなくっちゃ。

ということで、心機一転。テンプレートかえてみました。ただ、こうさぎのmimiちゃんの背景だけが、どうしてもかられない(;_:)おまけにいじっているうちにしゃべらなくなってしまったし。どなたかわかる方ぜひお教え下さい。

『ミス・サイゴン』観てきました

今日帝国劇場でミス・サイゴン観てきました。

配役 エンジニア  市村正親   ジョン    今井清孝
    キム     知念里奈   エレン    高橋由美子
    クリス    井上芳雄    トゥイ    泉見洋平                

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おやじな女の子

昨日、電車に乗りました。某路線。その路線は朝、もちろん通勤の人も多いですが大学生が多く乗ります。超とはいかないまでも結構混んでいる。当然座れません。で、突然くしゃみの音、ん?おやじかと横を向くと明らかに女子大生。口に手をあてずに携帯を打ちながら混んだ電車でくしゃみ。すると再びはくしょン。え?思わず逃げようにも混んでいて逃げられない。で、くしゃみがおわるとまた携帯にもどり、そうこうするうちに私の頭をごんごん。仁王立ちになり携帯を打ちながらつり革を持つがために、かばんが邪魔というか無造作に腕に通しているのでゆれの度に私にぶち当たるんです。それからようやく、私の前の座席が空いたから座ろうとしたら横から大きなお尻でさっとお席を持って行かれました。おばさんが負けた。案の定、スカートにブーツで足をひろげて座り携帯に戻りました。は~。おやじならあきらめもつくのですが・・・、で、決して言いたくない言葉「女のくせに。」

いまどきの女子大生はこんななの~と、思ったら我が家にも一人おりましたので、帰って思わず聞きました。あんた、まさかそんなアホなことしてへんやろね?鼻であしらわれましたが、大丈夫やろか?

いまどきの若い子といえば電車での化粧。朝乗ると、大概一人はいますよね。目だけならまだしも、先日は下地クリームからファンデーション、パウダー、口紅・・・ミューラーまで出して、それから仕上げはマスカラ。そりゃぁ丁寧に丁寧に塗って、降りる直前に終了。このタイミングが絶妙でした。私も含めて周りの反応が面白い。みんな見ていないようでしっかり見てる。知らん顔しながら視野に入れている。そして、化粧する前とした後で全然違った顔になったその子が降りたとたん、一様にホッとするんです。なんか見てはいけないものを見てしまった後ろめたさのような居心地の悪さ。これも、なんでいまどきの若い子は電車で化粧するのと娘に聞いたら、周りに関心がないというか、自分の知っている人以外には関心がないからそんな恥ずかしいことが出来るんだそうです。もう、それを恥ずかしいと思わないのですね。羞恥心は死語なのかなぁ。

いまどきの子はなんて言うつもりはさらさらないのですが、自分の関心のあることにしか目を向けられないなんて悲しすぎるじゃないですか。

でも、一方で今回の地震でも若い子たちがボランティアで駆けつけているのをみると、まだまだ捨てたもんじゃないよなぁと思います。年齢に関係なく周りに暖かい目を向けられる人間でいたいと思います。私は駆けつけたくても駆けつけられないから義援金を送ることしか出来なかったわ。

『はかなき人生』

まだまだ余震がひどく、心が痛みますが、書きそびれていた土曜日の事を書き留めておこうと思います。こちらは、心温まる発表会だったので。

タイトルの『はかなき人生』って、私の人生のことではありません。土曜日前橋にすむ友人(同業者)のピアノ発表会でした。そこで彼女と連弾した曲のタイトルです。ファリャ作曲の歌劇『はかなき人生』より「スペイン舞曲第1番」と、ブラームス作曲『ワルツ』より2曲弾きました。うん、良い選曲だ。一応講師演奏^^;あの~、私ピアノの先生なのでバスガイドさんと格闘したり日比谷界隈をうろついているだけではなくて、ちゃんとピアノとも格闘しております、念のため。

ファリャ(1876-1946)は20世紀スペインを代表する作曲家です。このはかなき人生はスペインのコンクールで優勝したにもかかわらずスペインで華々しくデビューというわけにいかず、初演してもらえないまま、彼はフランスに行きます。そこで「魔法使いの弟子」なので有名なデュカやドビュッシーと親交を深め、彼らの尽力によりようやく初演されます。優勝してから9年も経ってからです。彼はパリでようやく作曲家としての地位を確立し第一次大戦が勃発する1914年までパリに滞在しその後スペインに戻りスペイン音楽界の発展に尽力しました。

『はかなき人生』はタイトル通りの内容で、民族、階級間の悲恋といってしまえばそれまでですが、このオペラの特筆する点はスペイン語によるオペラだって事です。オペラといえばイタリア語かドイツ語が当たり前。日本語のオペラはすぐ思い当たるかなぁってかんじですよね。先日『Jr バタフライ』が初演されましたが、これが世界の土俵にあがり人々の鑑賞に耐え得る作品になるか判明するのはまだまだ先のことです。オペラというジャンルが確立して100年余り、それ以前からもちろんありましたが、その間に無数の作品が生まれ消え何とか作品として評価されていのが100曲足らず、よく上演される、人気のっていうと30曲ほどだそうです。(ああ、うろ思えだから数字間違ってるかも)。日本のオペラはどうなるのでしょう。アメリカではオペラからミュージカルって言うジャンルを確立しましたが。

オペラの話になると、終わらないので。本論に戻し、私たちが弾いた「スペイン舞曲」は主人公のジプシー娘サルーが自らを裏切った男パコの婚礼の場面で踊る際の音楽で、フラメンコ風の華やかな中にジプシーの哀傷を、描いた名作です。連弾としてもお互いスリリングで弾いていておもしろい、聞いて迫力のある曲です。ピアノ連弾はラベック姉妹の演奏が素晴らしい(CD)。もちろんまねできないけど^^;土曜日私たちも先生らしい演奏が出来たと思う。

そして、もう一つ、ブラームスのワルツについては私の独断と偏見のブラームス論を述べたいので次回に。

(こうさぎ)

きょうは、ひまとかblogしたかもー。
きょうmimiはひまがblogしたいです。
きょうはここでblogするはずだったみたい。
きょうは、yu_yuyokoはここへyu_yuyokoとblogしなかった。


*このエントリは、こうさぎの「mimi」が書きました。

花組『La Espranza-いつか叶う-/TAKARAZUKA舞夢!』観て来ました

今日、花組『La Espranza-いつか叶う-/TAKARAZUKA舞夢!』観て来ました。

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電車が止まった

今日、夕方6時前に新潟で大きな地震がありました。それから何度も余震があります。災害に遭われた方々にはお見舞い申し上げます。

私、今日その地震のとき前橋から大宮に向かって高崎線に乗っておりました。本当はどうして、前橋に行ったかをここに書き留めたかったのですが、それは別の機会にして、電車で足止めを食ったときのことを少々。

最初の地震のとき、電車がガタッと急に停車しました。どうしたんだろう、そのうち動くかなぁと思っても中々動かない。携帯にメールが入り、地震だとはわかったのですが・・・そうこうするうちに、携帯ラジオを持った人がいてつけてくれました。結構ちゃんとした音量にしてくれてしっかり聞こえました。これは大変な地震だということがわかり車内は覚悟を決めてしっかり待つモードに入れました。ただ止まった電車が何回も余震でぐらぐら揺れ、一度は結構揺れて脱線?なんて頭よぎりました。でもどんどん、ラジオから情報が入る。これは非常にありがたかった。孤独感なかったし。みんな、そのラジオを聴くって言う一体感が出来たし。それも車内放送より早いんです。車内放送遅すぎ。タイミングはずしてる。みんな携帯やラジオで各自情報がはいるからパニックにならないけど、しっかりすばやく状況を車内放送する体勢にして欲しいです。これでも、以前よりは素早い対応になったとは思うけど。

で、結局行田付近で止まり、次北本停車中に再びグラッときてそこで小一時間。その後徐行運転で結局17:14高崎初で大宮20:00着でした。北本駅で立ち往生したので扉が空いたままで寒かった~。秋物のスーツだったから足はスースーするし。

教訓、出かけるときは携帯ラジオ、寒くなる季節は防寒用のスカーフかひざ掛け、食べ物、そして、乗り物に乗る前は必ずトイレを済ます。これで、万全。備えあれば憂い無し。でも携帯ラジオ持ってひざ掛けもって食べ物もってどこ行くの~?私のように行き当たりばったりの人はきっとなるようになるさ状態でこれからも出かけちゃうような気がするわぁ。でもどんなに気をつけていても降ってくるのが天災ですね。私はこの程度の遭遇でしたけれど、強い揺れに遭われた方々は本当に怖い思いをされたことと思います。心よりお見舞い申し上げます。

家にたどり着いたのは結局夜9時。晩御飯はオリジン弁当になりました^^;

また台風が来た

今日で10個目。上陸記録更新だそうです。夜8時ごろ実家から何もなかったと連絡が入り、ホッとしました。夕方電話したときも、両方の実家とも何にもないよ、とのんびりしていたので大丈夫かなぁとは思っていたのですが。

台風で被害が出ると、必ず高齢者の方たちにやはり被害が多く、夫の母は一人暮らし。私の両親も高齢の二人暮らしなのでやはり心配です。何かあってもさっといける距離ではないし。それに、私の父は特に自分が台風のような人なので特に心配です。よく、ご高齢のかたが外の見回りに行って、とか、雨樋の点検をしていて落下とか・・。今回も土砂崩れのほか、そういうことでお亡くなりになった方々が大勢いらっしゃいます。なんで、台風の最中にさんなそんなことするのと思う方もいらっしゃるでしょうが、私の父の場合人事じゃぁないんです。やりかねない。やめてと言っても聞かないし。両親たちは今回も幸いなことに何事もなかったのですが、被害に遭われた方々は本当にお気の毒です。

さて、私にとって台風とは(←こんなことのんびり言ってる場合じゃないけど)記憶の最初です。私は伊勢湾台風の4日後に生まれました。で二年後第二室戸台風が来た時、ちょうど満2歳。私が覚えている最初の記憶です。実家の裏の大木が2本折れたのです。その後私が大きくなる間に山の木が二本まとめて折れた事はないので、絶対第二室戸台風だと確信してます。今でも、ぱっと思い浮かべられる。空が真っ赤で、多分夕焼けだと思うのですが、そこに二本ぽっきりきが折れているところが映画のワンシーンのように頭に浮かぶんです。私は縁側に座っているんです。頭の中に赤い色や木が折れたのが浮かぶって、人間の頭ってどうなっているんでしょう。一番そこの研究が後れているって言われていましたが今年のノーベル賞はその頭の研究者がもらったんだっけ。覚えておきたいと思ったことじゃなくても40数年覚えているって不思議。でも、近頃覚えなくちゃいけないことも覚えられない私って・・・。

はじめに(こうさぎ)

きのうmimiが、blogすればよかった?


*このエントリは、こうさぎの「mimi」が書きました。

変な学校 もういい加減最終章・・・にしなくては

“家に帰るまでがハイキング”というコンセプトのもと、ばっちりメニューを決め帰りのバスの中では寝かせない。で、その一環として、ハイキングの感想の俳句、短歌を作る。これはいいですよね。変な学校らしくって。その後、○×ゲーム、ビンゴ・・・とメニューは進む。関西人の性でオチを作らないと気がすまない私はレク係りの皆に、つかみの問題を提供。「バスハイキングで三年間に踏破する上毛三山は榛名山、妙義山、御苦労山である、○か×か」^^;そしてするす岩っていうのがハイキングの途中にあるので、おちの問題にぜひこれを使いたいと提案。皆に問題を考えてもらいました。皆で考えた問題「ハイキングの途中にあったするす岩はするするすべるところからつけられた、○か×か」いいよねぇ、くだらなくって。もちろん×です。臼の形をしている所から名づけられたそうです。

他のバスはとっても順調に進んでいるらしいの。バスガイドさんにしゃべるなって言ったら?なんて、周りの部員に言われても気の弱い私はとてもとても言えないわ、そんなこと。きっと、これだけしゃべったら言うだろうなぁ、するす岩のいわれ、と思ったら案の定、帰りのバスに乗ったとたんマイクを取りしゃべりだしたわ。もう、台無しは最初からわかっていたわ。でもやるしかないわね、○×クイズ。だって他のバスはやっているもの。私だって、一応努力はしたわ。乗ったとたん、先手を打とうとマイクを取り、皆さん・・と声を上げようと息を吸ってしゃべろうとしたとたん、暴走ガイドがしゃべりだしたの。とにかく、でもやるしかないわね・・・(;_:)

さ、次は気を取り直してビンゴ。頑張るわ。10人ぐらいビンゴが出た時、ようやくおとなしくなっていた暴走ガイドがなぜか急にビンゴのモニターのリモコンを、操作している人から取り上げて、「では、私が操作を変わります。」とか言ってニコニコとリモコンを手にした。で、・・・リセット。 え? 

 

変な学校 その2

“上毛三山を三年間に踏破しよう。”これが我がPTAのキャッチコピーです^^;私たちは赤城、妙義ときて今年は榛名山。バスガイドさんたちの直前の打ち合わせで私のバスのガイドさんがリーダーらしく、他の若いガイドさんたちに「今日は私たちはすべて、あちらにお任せして云々・・」と指示を出しているのを私はしっかり小耳に挟んだ。で、いよいよ7:00バス出発。普通なら、そこでガイドさんがちょろってしゃべってマイクを私にくれるはずが、「ちょっと待ってください。先にお茶をお出ししますから。」いよいよ、マイクをくれるかと思ったら、おもむろに自己紹介をはじめ、そりゃあ自己紹介ぐらいするよなぁ。今日はご覧の通り渋滞で・・・が始まり、とにかく30分以上走ってようやく、私にバトンタッチ。私の挨拶、校長先生の挨拶・・。いやぁ、ホント間が抜けてました。

さて、次は校歌斉唱。変な学校なのでこのことには突っ込まないで。これを詳しく述べるとまた一晩かかるので(-"-)とにかく次へ。私「先生、ではお願いします。」ガイド「ちょっと待ってください。音量みます。」な、なんで?そんなことしなくても~。一気にテンションが下がり・・・とにかく次は・・・と進み自己紹介。間が抜けた雰囲気のままなのでなんとなく、自己紹介も盛り上がらず、例年ならもうこれが面白くってってことなんですが。おとなしい雰囲気のまま、次へ。と突然ガイド。ある自己紹介をした人に「私どこの人か聞きたいわぁ。」そ、そんな一人にだけ突っ込んでどうする。

ととにかく、次へ。すると突然、ガイドを始める。「右二時の方向をご覧下さい。あの山はー。左三時の方に・・・。今、通り過ぎたのは・・。」通り過ぎたことを言ってどうする。延々次は伊香保温泉の説明。いよいよ山に近づき・・山道。で、山道が終わるともうすぐ到着なので、私としては細かい指示とかを皆にしなくてはいけないのに~。写真撮影一つにしたって、大勢だし、学年ごとの行動もあるしぃ。トイレの指示もあるし。マイクよこせぇー。「今通っております道は暴走する車を防ぐために波打っております。気持ち悪いでしょうがしばらくの間我慢してくださいね。」それはわかった。暴走族よけに道が波打ってるのはここだけじゃないぞ。とにかく、この波うちが終わったら着いちゃう。「サーフィンをしている気分でも味わってくださいね。」わかったから。「サーフィンみたいでしょう。」あんたはサーフィンしたことあるのかぁ。「あとひとつカーブで終わりですよ~。」わかった。「あ、榛名富士が右に見えますね。間もなく到着ですよ。」だからぁ、説明があるんだって、今後の!「はい、到着しました。お気をつけて。」え~?私はあわてて、ちょ、ちょっと待ってください。降りたらすぐ写真撮影しますから、お手洗いはその後にしてくださいね~。トイレットペーパーは云々絶叫。バスガイドの暴走は続く。

変な学校

昨日、榛名山周辺をハイキングして来ました。絶好のハイキング日和とまでは行かなかったけれど、そこそこお天気もよく、富士山も見えました。やや寒かったかな。紅葉にはまだちょっと早かった。なぜ、榛名山に行ったかというと、私は息子の高校の役員をしています。そのPTAの行事の一環としてハイキングがあったので参加したのです。この行事を主催する部の役員です。要するにこのハイキングをすべて仕切る役。なぜ、なりたくもなかったこの部の役員になったかということを書くと一日では終わらないので(-"-)それはまた別の機会に。

まず、PTAの行事でバスでハイキングに行くっていうと、そういう経験のある方はどんなことを想像されますか?まず、そんなものに行こうとは思わないですよね。ああ、そんなのやってるんだ、と思うのはまだよい方。あんなのは役員の身内の行事だから役員やってなかったら関係ないとか思ってしまいますよね。ところがドッコイ息子の学校は変な学校で、たかがPTAの行事にバスを三台連ねて繰り出します。各学年一台。おまけにキャンセル待ちまで出る学年もあるんです。今年は総勢180人余り、とうとうバスが4台になってしまいました(@_@)

私の仕事は、基本的には行き帰りのバスの中での進行役と昼食会の司会進行です。通称レク係り。で、今年は三年生なので一年二年生の役員さんの取りまとめもあります。そうなんです。役員を受けたら、基本的には3年間やるんです。私の場合、ちょっとした事情で二年生からこの仕事をしているので二年目。ちなみに一年目は一般参加でした。バスの中はガイドさんがいるから何も仕事がないと思ったら大間違い。バスガイドさんは必要ないくらいの盛りだくさんなメニューを用意してバスハイキングに臨むのです。行きは基本的にはご挨拶と、日程の説明、自己紹介等々で過ごす。そうして、ハイキングのメニューをこなし、昼食会。これの司会進行とどんどん、メニューは進む。実際去年までの二回はバスガイドさんは人数確認と、あと何分でどこそこに着く。出発は何時何分っていう事を言うだけでした。それなのに今年のバスガイドさんは超ベテランでしゃべらずにはいられない人でした。いつもなら、出発からすべてこちらに任せてもらえるのに、なぜかマイクを持ったら離さない。そりゃぁ、ガイドさんはしゃべるのが仕事だから当たり前なんだけど・・・。そうしてホントに困った事態に陥りました。長くなるので続きは明日に・・・

日本VSオマーン

昨夜、ワールドカップアジア一次予選の日本VSオマーンのサッカーの試合が行われました。日本は一次予選を突破し、最終予選に駒をすすめました\(^o^)/

でも、私はサッカーファンじゃぁありません。念のため。ただ、そこらへんの人より詳しいと思う・・・。なぜか。これは我が家に狂がつくサッカーファンがいるからです。それも受験真っ只中の(;_:)


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はじめに(こうさぎ)

きょうmimiは、恩師をblogするはずだった。
yu_yuyokoは、

大学生のころ、恩師が「、赤ちゃんのときはラルゴ、子供になったらアンダンテ、あなた

といってました。

*このエントリは、こうさぎの「mimi」が書きました。

夫の誕生日

今日は、夫の誕生日です。夫と私は同じ星座ってことになります>てんびん座。でも血液型は違う。私はB、夫はAです。B型の夫を持つA型の友人曰く、B型の相手のマイペースな勝手気ままに、ひたすら耐えるA型だそうです(-"-)
我が家では絶対そんなことはないと確信しているのですが・・・そう思っているのは私だけらしい。

ちなみに、長女AB型、これがただものではない。そして、私の母も叔母も従姉妹も祖母もABです。これはすごいかも。で、息子二人はO型。息子たちはある意味O物、ただのOO馬鹿者だと思うこともしばしば。こんな家族の中にいる夫は、一人あれこれと神経を勝手にすり減らしてるんだろうなぁ。

今日、朝のお見送りの際雨が降っていたので「歳一つ取ったんだから、雨でぬれた所で滑ったらあかんよ~。ケーキはついこの前食べたからいらないよねぇ。」と私に声を掛けられた夫はやっぱり・・・。帰りに自分のお誕生日のケーキを自分で買ってきました。ちょっぴりかわいそうだったかも。

ちゃんと、みんなでケーキをおいしくいただきましたよ。ごちそうさまでした。

『小犬のワルツ』 その2

『小犬のワルツ』はいうまでもなく、ピアノの詩人といわれたショパンの作曲です。ショパンは生涯修作を含めて20曲ほどワルツを書きました。やはり、有名なのは1番から14番でしょう。14曲の中の第6番が小犬のワルツです。動物の名前のニックネームのついているのが他にあと1曲あります。第4番猫のワルツ・・・

小犬のワルツはショパンの愛人ジョルジュ・サンドの小犬が尻尾をかもうとくるくる回っている様子を曲にしたと言われています。彼の晩年の頃の作です。この頃はもうサンドとの仲もだめになりつつあったかもしれないのに・・なんと幸せそうな、軽やかそうな洒落た曲でしょう。この曲は14曲中一番短い曲でもあります。おしゃれに、さらっと弾けたらいいなぁ。

動物のワルツのもう1曲。猫のワルツ。私は猫があんまり好きではないので、あの出だしの和音を三回弾くところが猫が爪をたて、毛を逆立ててぎゃお~ぎゃお~と啼いているとしか感じないのであんまり好きじゃありません。

余談ですが、第1番には『華麗なる大円舞曲』という邦題が付いています。いつもネーミングでは感心するのですが、グランド・ヴァルス・ブリアントってのを邦題に訳すとき『華麗なる』としたのがえらい。西洋音楽を明治時代に輸入?しすべての楽語から、何から何まで日本名に訳したこの知的作業。本当に感心します。日本人て本当にえらいよなぁと、いつも思います。ワルツを円舞曲ですよ円舞曲。言えばきりがないけど、ノクターンを夜想曲、これも実に漢字と曲がぴったりだと思います。こじつけたなっていうのもあるけど。ソナタを奏鳴曲。これはいまいちなのでやっぱり今ではソナタですね。

話が飛びますが、映画のタイトル。最近の映画は意訳せず、そのままカタカナでよんでしまうのがが多いですよね。指輪物語はロードオブザリングじゃないだろ、指輪物語は指輪物語だぞ、と思ってます。でもウエストサイドストーリーはこれしかないか。でも『雨に唄えば』いいよなぁ。シングを歌じゃなくて唄としたのが最高。『風と共に去りぬ』はもうこれしかないタイトルですよね。これをゴーンウィズザウィンドとか風と一緒にいなくなった^^;だったら絶対ヒットしなかった。最近の映画の邦題はがっかりすることが多い、というかそのままじゃないか、と怒ってます。昔は何とか美しい日本語にしようとしてたのに・・・。先人のこのような努力があったから、西洋の文化や音楽が日本にこうやって根付いて行ったのかなぁと思います。

『小犬のワルツ』

昨日、次男のコンサートがありました。弾いた曲が『ワルツロ短調作品69-2』と『ワルツ変二長調作品64-1』の二曲でした。彼は某音大附属音楽教室に在籍しています。そこでのコンサート。上の二人も在籍していました。娘は大学生になったので、卒室。長男は中学生になるとき、サッカーが出来ないという理由で退室、その後家に先生に来ていただいてつい最近大学受験のため止めると言い出すまでレッスンをうけていました。私は自分がピアノの先生なのに我が子は誰一人自分で教えられなかった。というか、最初から私がみないという方針で外の先生につけました。自分が満足のできる音楽環境になかったから、せっかく関西から東京に来たのでちゃんとした音楽環境で子供に音楽教育を受けさしたいと思ったからです。結果は・・・娘はあっさり大学進学のとき音大は行かないとさっさと普通大学へ行き、息子はやっぱりサッカーだ、といってやめ、一番下は中2にもなって小犬のワルツを弾いているという情けないことです。ま、子供なんて、親の思うとおりにはならないっていう典型です。

『ワルツ変ニ長調作品64-1』は別名小犬のワルツ。この曲にまつわる私の思いを・・・。満足できる音楽環境になかったということ。これは40余年前の奈良のそれも中心部でなく田舎では、ピアノを習うっていうこと事態めずらしく、わざわざ、バスと電車に乗って習いに行っていました。父が新しい物好きだったので、プレーヤーとレコードはあった。記憶があいまいなので他にもレコードがあったかもしれないけれど、とにかく一枚のレコードだけを私は聞いていました。今となってみればレコードだったのか、何だったのか。でも演奏と曲目だけは不思議と覚えています。それが、ピアノ名曲アラカルトみたいなので、どれも絶対いつかは弾きたいと思っていました。何回も聴いたし。それが数年前ふと、何気なく買ったCDが、私が小さい頃聞いていたのと同じだとびっくり。田中希代子さんというピアニストの復刻CDでした。その小犬のワルツがとっても素敵なのです。というより、このCDを聴いたとき、ああこれが私の原点だったなって思いました。確かに乏しい情報、音楽環境。たった一枚のレコードだけ。でもピアノが音楽が好きっていう思いで今まで来ました。だからこそ、音楽的環境でなかったし才能もなかったし、ピアノの腕も全然だけれど今も音楽に携わって悪あがきしているんだと思います。

我が子たちは音楽的環境という点では私の子供のときの環境とは雲泥の差。娘に至っては、とっても良い先生につけることになっていたのに音楽を進路の選択にしなかった。私は大学に入ってからいろいろな意味で周りより劣っていたので泣くほど苦労しました。だからもっと小さいときに音楽的環境だったらもっとピアノうまくなっていてこんな苦労しなかったかもしれにとかやっぱり少し思いましたが、それは違ったんですね。音楽的環境にあったから進むっていうんじゃないんですよね。思いがないと。それを我が子に思い知らされたんです。私はその思い、あの田中さんの録音によって刺激された思いだけで、ここまできたのでしょう。

韓流

冬ソナの話ではありません。

私の生徒にハーフが二人います。そのうちの一人の子のお母さんが韓国人です。昨日レッスンにお祖母ちゃまが送っていらっしゃいました。
その子いわく、「おばあちゃんが韓国から来てるの~。」
私 「どうぞ、おあがりになってレッスンをお聞き下さい・・・」といっても当然通じない^^;それが、生徒は当たり前なんですが、ばっちりハングル語をぺらぺら。おばあちゃんにしゃべるときはハングル語、私の方を向いたとたん、
その子 「先生、お祖母ちゃんは外で待ってるて言ってるよ。」
私 「入っていただいて」
その子がおばあちゃんに「△△・・・・・」???
で、ちゃんとレッスンをとても喜んで聞いていって下さいました。

帰り際に、私は「さようなら」も言えないことがわかりバイバイというわけにもいかず、情けないことでした。一番近い国なのに最低限の挨拶も知らないなんて。それにしても子供ってすごいと再認識しました。こういう仕事をしていると本当に子供から得ること、教えられることが数限りなくあるのですが、ごくごく自然なバイリンガルな彼女の柔軟さに改めて子供の力を感じました。二つの母国を持っているのだから、当たり前なのでしょうがよどむことなく日本語とハングル語を使い分け、私とお祖母ちゃんの橋渡しをばっちりしてくれました。冬ソナではなんの興味も持てなかっ韓流ですが、ちょっと、ハングル語を習ってみるか。彼女に教えてもらうのが一番の近道かも^^;

お祖母ちゃまは孫の運動会を見るために韓国から来ていたらしい。今日、本当ならこのあたりの保育園、幼稚園は運動会の予定でした。せっかくなのに、このすごい台風。でもあっという間に通り過ぎてくれたので明日は運動会日和でしょう。きっとおばあちゃんもハングル語で応援するんだろうなぁ。これぞまさしく韓流。

ピアニスト

ピアニストの園田高弘さんが昨日お亡くなりになりました。園田さんは、当時、今もですが日本のピアニストとしてトップの一人といってもよい方だったのに、なぜか東京芸大ではなく、京都芸大で教鞭をとっておられました。

最近の演奏会には行く機会がなかったのですが、過去何回か行きました。端正でなおかつ迫力のある演奏でした。演奏を聴いたことがない方も最相葉月著『絶対音感』にでてくる園田さんはご存知でしょう。老いてなお第一線の現役ピアニスト。まだまだご活躍できたはず。残念です。ご冥福をお祈りいたします。

朝、アホなウインナーのことを書いていたときは息子のお弁当を作った後で、冷蔵庫のウインナーに途方にくれまだ新聞をよんでいなかったので。戦後のピアノ界をリードしてきた方が亡くなるって言うのは、一つの時代が終わったなとしみじみ思い、一日に二回もって言うのを承知で、書きたくなりました。若かったころの私たちの先にあったものの一つ、過ぎてきた時代。

冷蔵庫に・・・

我が家の冷蔵庫に今、ウインナーソーセージの袋詰めが6パック入っています。^^;一時7パックになったんだけど、ようやく一袋食べ、今二袋めの封を朝食用に切ったところ。

なぜこういう事態になったかというと、別にたいしたことじゃない。生協の宅配で間違えて6パック頼んでしまったということです。おまけに、生協の配達日の前日に頼んだことを忘れて、ちょっと安くなっていたので2パック一セットのを買ってしまっていました。それにしても、なぜウインナーソーセージばかり来てしまったのかはなぞ。何と間違えたのかわからないんです。

今が、我が家の歴史の中で一番食べる時期です。男の子二人が食べ盛り。お弁当も二つ作る。買い物の量も半端じゃありません。牛乳なんて宅配で頼むのは11本だし。宅配が来た日は冷蔵庫はパズルで埋めたようになります。本当は一週間分全部頼みたいけれど、冷蔵庫がそんなに大きくないので、どうしても他に2回ぐらい買い物に行かなくてはならない。

私は仕事柄夕食を1時ごろから作り始め煮るものは煮て、和える物は和え、冷やすものは冷やして・・・2時半には、ばっちり下ごしらえを終えなくてはなりません。レッスン直前に家のなかに煮込んだにおいが充満しているなんて事は絶対避けたいし。朝のうちに自分の勉強もしなくてはいけない。必然的に買い物には行けないというか、行きたくない。買い物で時間をとりたくないんです。PCでもこうやって遊ばなくちゃいけないし^^;

それにしても、宅配のあらかじめの注文というのはとても便利で私には欠かせないのですが、ついうっかり、こう言うことになるんです。私うっかり者なので。以前も卵が6パック来たし、塩はフランス産のなんとかっていうのがおいしいので使っているのですが、これも3キロ来たときはどうしようと思いました。ずいぶん前に頼んだ塩を今まだ使ってる。これは腐らないからいいようなものの・・・何回やっても学習しないですね。ちゃんと、ネット注文なので親切にも頼んだ品の一覧がメールで送られてくるのに見てないんですよね、きっと。

さて、ウインナー、これから、どうやって食べよう。とりあえず、今晩はポトフにしよう。でも普通のウインナーソーセージじゃなぁ。言ってられない、言ってられない。

冷蔵庫に・・・

我が家の冷蔵庫に今、ウインナーソーセージの袋詰めが6パック入っています。^^;一時7パックになったんだけど、ようやく一袋食べ、今二袋めの封を朝食用に切ったところ。

なぜこういう事態になったかというと、別にたいしたことじゃない。生協の宅配で間違えて6パック頼んでしまったということです。おまけに、生協の配達日の前日に頼んだことを忘れて、ちょっと安くなっていたので2パック一セットのを買ってしまっていました。それにしても、なぜウインナーソーセージばかり来てしまったのかはなぞ。何と間違えたのかわからないんです。

今が、我が家の歴史の中で一番食べる時期です。男の子二人が食べ盛り。お弁当も二つ作る。買い物の量も半端じゃありません。牛乳なんて宅配で頼むのは11本だし。宅配が来た日は冷蔵庫はパズルで埋めたようになります。本当は一週間分全部頼みたいけれど、冷蔵庫がそんなに大きくないので、どうしても他に2回ぐらい買い物に行かなくてはならない。

私は仕事柄夕食を1時ごろから作り始め煮るものは煮て、和える物は和え、冷やすものは冷やして・・・2時半には、ばっちり下ごしらえを終えなくてはなりません。レッスン直前に家のなかに煮込んだにおいが充満しているなんて事は絶対避けたいし。朝のうちに自分の勉強もしなくてはいけない。必然的に買い物には行けないというか、行きたくない。買い物で時間をとりたくないんです。PCでもこうやって遊ばなくちゃいけないし^^;

それにしても、宅配のあらかじめの注文というのはとても便利で私には欠かせないのですが、ついうっかり、こう言うことになるんです。私うっかり者なので。以前も卵が6パック来たし、塩はフランス産のなんとかっていうのがおいしいので使っているのですが、これも3キロ来たときはどうしようと思いました。ずいぶん前に頼んだ塩を今まだ使ってる。これは腐らないからいいようなものの・・・何回やっても学習しないですね。ちゃんと、ネット注文なので親切にも頼んだ品の一覧がメールで送られてくるのに見てないんですよね、きっと。

さて、ウインナー、これから、どうやって食べよう。とりあえず、今晩はポトフにしよう。でも普通のウインナーソーセージじゃなぁ。言ってられない、言ってられない。

スポーツジムあれこれ 最終

数ヶ月通ううちに自分の場所をようやくゲットした私は、時により若干遅く行っても所定の場所にマットを置けるようになりました。すみません、とか言いながら人をかき分けマットを置いて座ってみると・・・

そこかしこで話が盛り上がり中。聞き耳を立てているわけではないのだけれど聞こえてくるんですもん。○○さんは今日は孫の運動会を見に行ってお休みとか、△△さんは旅行に行ったとか。おまけに社長は今日はどうしたんでしょうとか。なぜ役職まで知ってると私は心で突っ込んで^^;みたり。ただ、さすがジム。一般の人たちよりお元気な人が多いんでしょうが、どこの病院がいいとか、この病気のときはどの先生が良いっていう情報は全く入りません。みんなホント元気。健康法とかはやたら詳しいし、土地の情報もやけに知ってるし。当然私より皆さんずっと年上のはず。ちょっと積極的そうな人がグループのリーダー的存在でその周りに人が集まる、って感じでしょうか。そして、年功序列。暗黙の了解が存在する。こういうなんとも言えない空気に、でもなれちゃうんですよね。その中にも自分の居場所を適当に見つけて。

でも、これって何かに似ている。そう、FCの掟。いや~、人が数人集まればそこには不思議な人間関係が生まれ、その環境に否応無しに慣れてくるけど、そこの空気の読めない人は居心地が悪くて居づらくなる。

おちがあります^^; ご意見ボードとかがジムにあって、お客の投書箱の意見を一覧にしてあるんですが、ついこの前“ヨガやステップであらかじめいくつも人の分まで場所を取る人がいるが不愉快だ”って意見が掲示されました(@_@)。思っていてもそんなこと投書もしないし、ましてや投書するほど不愉快じゃないし・・・いやぁ、ホント人それぞれ。人間模様。だからこそおもしろい。

で私は、またこれからも一生懸命ヨガに通い、周りの方たちの面白い話を聞くとはなしに聞き、75分・・そして、最後の屍のポーズっていうので本当は身体に神経を集中しなければならないのにあれこれ雑念の中に身を委ね、ある瞬間ストンと意識がなくなり寝てしまい(時間にしてたった10分足らず)先生の「ハイ、目を開いて」の声でリフレッシュするってのを繰り返すことでしょう。これが、今の私の心身の健康法(^_^;)です。

はじめに(こうさぎ)

mimiがyu_yuyokoがblogしなかったよ。


*このエントリは、こうさぎの「mimi」が書きました。

スポーツジムあれこれ その2

しばらく、同じ講座に通うと、いろんなことが見えてきます。小さなグループがいくつかあってまとまっている。で、シートを置く場所もなんとなく定位置がある。そこを知らずに犯すと大変。当たり前なことですが大人だから意地悪はされないけど^^;なんとなく居心地が悪い。で私のように一匹狼は、まとまってるグループの間の空いたところに適当に置く。それが何回か続くと、ようやく私自信の居場所がなんとなく決まってくるんです。置き場所が決まっている方たちはとっても早くからスタンバイしていて、ちゃんと場所を確保してから、マシンやらを一回りして、レッスンを受けるようです。今はヨガブームなので参加人数が多くて、遅く行くと一杯で場所取りが出来ないので、私も十分早めに行くのですが、定位置は何時に行っても確保されているんです(@_@)いったいあのおば様おじ様は何分前から来ているんだろうと思う。で、ちらちら話が聞こえてくると・・・。ああ今日もまた、11時を過ぎてしまった。良い子は寝る時間なので続きはまたまた、次回。

スポーツジムあれこれ

この10月で、スポーツジムに通い始めて満4年経ちました。われながら、挫折せず続いたなぁと思います。そんなに運動好きじゃないし。4年前、どうして、行こうと決心したかというと、身体を使った子育てが一段落して・・・自転車での送り迎えとか、学校へ出向くとか・・諸々、このままではどんどん太っていくと自覚^^;運動不足と肥満の二重唱という危機感から、通い始めました。それまで、全然うまくならないテニスを月に三回程度。これじゃあうまくなるどころか人に迷惑をかけてストレスが溜まるだけだときっぱり、ジム通い一本に踏み切りました。

一通り試してみましたが、最近はまっているのがヨガ。もう、これ一本に絞って、他はなにもしていません。必要ないというか。

で、今日も行ってきました。ヨガのレッスンに出るようになって、今日が60回目のレッスンでした。今年1月半ばから始めて9ヶ月で60回。これが多いか少ないかはわかりませんが、とにかく、ヨガの日だけは極力予定をいれないよう、ジムに行けるようにしています。なぜ、ヨガに出会ったかというと。それまでは75分のレッスンというので長いから敬遠していましたが昨年末、ストレスから体調を崩し(この私にストレス?と自分で突っ込む)めまいが止まらない日が続いて、年明けてめまいは治まったものの身体がしゃんとせず、日々の仕事をこなすのがやっとの思いでした。当然2ヶ月ジムはお休み。いつまででもジム休んでいてもと、1月半ばに、ヨガだったら座ってゆっくりだから、できるかもと思って参加してみました。そうしたら、これがもう私の体調にぴったり。初めてレッスンを受けた日から、身体が答えてくれるのを実感しました。そのあとは、轟さんにはまったのと同じ状況^^;本は買うはインターネットで情報を得るはCDまで買ってやってみるは、etc.私らしいって言えばそうですがこの盛り上がりって、mimiちゃんで盛り上がっている今の私と変わらない?いつも、何かお気に入りを見つけると猪突猛進だよなぁ、ってちょっぴり反省。で、なにがあれこれなのかというと、人間模様。続きは次回へ

月組『飛鳥夕映え/タカラヅカ絢爛II』観てきました

今日、月組『飛鳥夕映え/タカラヅカ絢爛II』を観てきました。
 

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名前のこと その2

さて桜桃にどう繋がるかというと・・・

轟さんに落ちた帝劇公演は『春櫻賦』と『レッツジャズ』でした。その次の公演は何かというと、全国ツァー『風と共に去りぬ』。さくらんぼが店頭に並ぶ季節にありました。ファンの道まっしぐら。情報欲しさに、某フォーラム(ニフティでココログやってるのに某なんて^^;)に顔を出したい一心で、クレジットカードも持ち、アドレスを取りパソコン通信を始めた次第です。で、HNを一生懸命^^;?考えて、ファンになった記念に春櫻賦の桜とさくらんぼをかけて・・・桜桃になりました。は~、こじつけだわ。でも、それ以来さくらんぼが店頭に並ぶ時期になると、一生懸命だった6年余り前を思い出します。あれほど、燃えた日々もなかったよなぁ。

なんか、ここに書いてみると大げさ~。ちょっと気恥ずかしいよなぁ。でも、そんな時もあったなぁってちょっぴり懐かしい。今となれば、なんて事のないことです。名前なんて、何かのきっかけで出会って縁ができるものですね。

で、なぜ私の可愛いこうさぎちゃんがmimiちゃんかと言うと・・・ そりゃぁ、なんてったってうさぎはみみちゃんでしょ。なぜだー(^^♪は言いっこなしです。

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お江戸オフ

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