坂をいくつもクリアして、ようやく椿山荘到着。着いたら。まずは、お茶ね。え?そうなの?見学は?ってことにはならず、まずお茶です。私はアイスを食べたかったので、アイスを注文したけど、ちょっとしょぼかった(涙)
1,200円也。どうよ?屋台なら400円也ですね。違うってこういうところでは、単品じゃなくてセットにするべし。
椿山荘は、今は結婚式場として有名ですが、もともと椿の自生地であったこの場所に、江戸時代、武家の下屋敷となり、明治になって山県有朋が購入。持ち主が変わっても整備されて、今の姿になっています。
庭園は素晴らしく、でも、坂だらけなのよ。。もともと“つばきやま”って言うくらいなんだから山なんでしょう。一番の高台には三重の塔。大正時代に移築されました。
蝋梅がかわいらしい
椿山荘冠木門を出ると、神田川沿いに椿山荘と並んで、関口芭蕉庵があります。この地に芭蕉は4年間暮らしました。
松尾芭蕉。1644年伊賀上野生まれ。30歳頃、江戸へ下る。1694年大阪で逝去。遺言で滋賀県大津義仲寺に埋葬。
この関口の地には、34歳頃から数年住んでいたらしいとのこと。庵の中には池もあるのですが、もちろん“蛙飛び込む・・”の句はこの地で詠まれたのではありません。でも、思わずこの地で数々の名句が生まれたような錯覚になる風情のある庵でした。
愛読書 嵐山光三郎著「芭蕉紀行」を読んだときからぜひこの芭蕉庵にも行ってみたかったのです。その時お隣の神社にも寄ろうと思って、すっかり忘れてしまいました。なぜなら、
胸突坂
この坂道を上ることで頭がいっぱい?
登り切ったところが、永青文庫です。
あの首相をされた細川護煕さん作の陶芸、書の展示もあり、お殿様だったのね~と再認識しました。同じぼんぼんでも、細川さんならみぞうゆうなんて読まないと思ふ^^;;
もうすでに、ぜ~ぜ~なんですが、ここから護国寺まで、さぁ、歩くよ。
地図上ではとにかく右へ右へGo。路地のようなところを抜けると急な下り坂。ええ?
鉄砲坂
音大学生寮があるので、バイオリンを背負ったお嬢さんがゆっくり上って行きました^^ おばさんたちはワイワイ言いながら下ります。上っても文句が出て、下っても急だとか、文句の出る軍団です。こんな文句、言われたくないよね>坂
護国寺到着。もうすでに5時前。どんどん日が暮れてきます。本堂の扉が閉じられようとしてます。慌ててお参り。
堂々としたたたずまいの本堂。重要文化財。
小窓からご本尊を。ありがたや、ありがたや。
こちらも重要文化財。月光殿。
併設の墓地はカラスのねぐらになってます。夕暮れの墓地にカラス。有名人のお墓が一杯あるんですが・・。みんな有名人お墓探しへ。私は遠巻きにみる。
さぁ、6時のふぐまで一時間足らず。どうする?多分真っ暗になるだろうけど、予定通り雑司ヶ谷霊園から鬼子母神経由で最終目的地池袋のてっちりへGo!
あくまで、みなさん歩く気満々。そ、そうなのね。暗いのにお墓に鬼子母神ですよ~。怖いよ~~ お江戸オフは根性もないとついて行けないのであった。
雑司ヶ谷霊園ではどっぷり日が暮れて真っ暗。当然、暗い墓地の写真なんて撮ってません。ここで、ジョン万次郎のお墓を探すのか。絶対無理だよね。大まかな地図ではやはりわからず、最後の坂を下りて鬼子母神へ。まぁこのあたりはは、文京区をすぎ、豊島区ですから、文京区の坂ではありません。
地図を片手に路地をくねくね、ようやくたどり着いた鬼子母神。
ですって・・・ お参りはいずれまたの機会に。
そして、新年会だぁ。ふぐですよ~。アリスさん合流。
詳細は多分他のみなさまが・・。私のふぐ体験記は以前書いたので割愛です。
今回も、一杯歩いておしゃべして、食べての一日。ありがとうございました。
ご一緒して下さったみなさまありがとうございました。
TOKIKOさん お江戸オフ*新年会
陶片木さん 新年会ofお江戸オフ
hichaさん 江戸オフ会 その1 、2
ぶんぶんさん 第13回新年お江戸オフその1、2
Tompeiさん 第13回お江戸オフ《音羽・関口・両国》 その1、2、3
の記事にTB送らせていただきます。
次回予告。ズバリお花見です 楽しみ~
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